李基原『徂徠学と朝鮮儒学』

徂徠学と朝鮮儒学―春台から丁若〓まで

徂徠学と朝鮮儒学―春台から丁若〓まで

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書評報告:李基原著『徂徠学と朝鮮儒学―春台から丁若𨉷まで 』*1

●本書の構成
序論―「一国思想史」を克服する
 日本における徂徠学研究
 韓国における徂徠学研究
 東アジア思想史の可能性
第一章 東アジア思想史における徂徠学
 はじめに
 一、古文辞学
 二、思想史における徂徠学的人間
 おわりに
第二章 太宰春台における徂徠古文辞学の読み直し
 はじめに

 一、徂徠の禦侮
 二、華音主義と和読の世界
 三、「中華」から「和」への転換
 四、江村北海『授業編』における同時代認識
 五、古人の体と法
 六、訓詁と古文辞学
 おわりに
第三章 太宰春台における徂徠的人間論の読み直し
 はじめに
 一、金銀の世界と膨らむ欲望
 二、人性は善でもなければ悪でもない
 三、天地自然の道と聖人の指向
 四、内面を問わない「君子」
 五、衰世
 おわりに
第四章 徂徠学の周辺の世界(一)―片山兼山における徂徠学の受容と変容
 はじめに
 一、正統と異端の判断根拠になる孔子の道
 二、古文辞学の変容
 三、「経」中心の経学の世界
 四、学問の実践と自己形成
 おわりに
第五章 徂徠学の周辺の世界(二)―反春台学としての『聖学問答』批判書の公刊
 はじめに
 一、『聖学問答』と反「聖学問答」
 二、『孟子』解釈の二つの視線
 三、性は相近きなり、習へば相遠きなり
 四、君子の行方
 おわりに
第六章 朝鮮実学と徂徠学―丁若𨉷の徂徠学認識
 はじめに
 一、『論語古今注』と朝鮮時代の経書注釈
 二、人間論をめぐって
 おわりに
結論

●内容要約
(1)序論
 
序論では、その副題にもあるように、一国史的叙述を超克する必要性を指摘する所から論を展開している。まず著者は、従来の日本での徂徠学研究は、丸山眞男の「近代化」論と、いわばそのオルタナティヴとしての「日本化」論における問題点を、先行研究の成果を援用しながら指摘する。加えて、韓国における徂徠学研究では、従来「韓国近・現代民族主義の内在的基盤」として、「近代の萌芽」と評価されてきた朝鮮実学者の丁若𨉷との比較研究という視座に留まっており、丁若𨉷の思想において、徂徠学が果たした役割についての検討がなされていないという問題点について指摘する。これらの問題点を踏まえながら、徂徠学のインパクトによってなされる言説の生産・再生産という、いわば徂徠学外部における思想展開を、朝鮮儒学の範疇をも視野に入れ、東アジアという視点から論じていく旨を述べている。

(2)第一章 東アジア思想史における徂徠学
 
第一章では、第二章以降の議論の前提となる徂徠学について、経書解釈と人間論という観点からの分析を行っている。前者は、荻生徂徠が、明代古文辞学の影響のもと、「華」と「和」、「古」と「今」の合一の必要性から、古文辞学を提唱し、「六経」の背後に秘められた「聖人の道」の解明を志向した点を指摘している。後者は、前者との関係から、荻生徂徠が、「理一分殊」の否定と、「気質不変化説」を伴って、「礼楽」という外面の修養の必要と説き、包括的制度の中で位置づけられる「徂徠学的人間」を提唱するに至ったと論じている。そして、以上の2点からなる徂徠学のインパクトは、徂徠学内部での再構成の必要性や、反徂徠学の言説が生産される契機となるとして、第二章以降の展開を視野に入れながら本章を締めくくっている。

(3)第二章 太宰春台における徂徠古文辞学の読み直し 
   第三章 太宰春台における徂徠人間論の読み直し
 
第二章・第三章では、荻生徂徠の高弟、太宰春台における徂徠とのずれに関する分析がなされている。第二章では、徂徠が徹底した華音による経書解釈を説くのに対し、春台は精緻な和訓の分析のもとでの、和音による経書解釈を説いていた点が述べられている。加えて、春台は、模倣と剽窃に始終する明代古文辞学の欠点を知らずに、さらにそれらを模倣する徂徠における古文辞学を批判していたとして、徂徠と春台との間のずれを浮き彫りにしている。第三章では、徂徠が「治人」に重きを置く、いわば為政者の観点から、包括的制度の中での人間像を捉えていたのに対し、春台は、むしろ「修己」に重きを置く形で、「徂徠学的人間」の再構成を図ったという点について述べられている。すなわち、各人が「礼楽」という外面での修養を経ることによって、社会風俗の教化へと連ねると説くのが、春台における人間論であると論断するのである。かくして、これら第二章と第三章における徂徠と春台におけるずれとは、春台が、反徂徠学への対抗として、徂徠学の欠陥を補う形行った、言説の再生産によるものであると結論づけられる。

(4)第四章 徂徠学の周辺の世界
   第五章 徂徠学の周辺の世界

第四章・第五章では、徂徠学に対する反徂徠学の言説生産の過程に関する分析がなされている。第四章では、折衷学の片山兼山を取り上げている。ここで著者は、兼山は徂徠における「古言」追究の経書解釈の誤りを指摘する中で、徂徠学とは異なる形での経書解釈の探究を行ったと論じている。加えて、兼山における徹底した経書解釈の態度は、後に考証学を成立させる内発的契機となり、いわば徂徠学から考証学への変化・発展の牽引車の役割を果たしたと述べる。第五章では、春台における人間論に対する反徂徠学の言説生産を描写している。具体的には、高瀬学山・久田犁・木貫州の三者における太宰春台『聖学問答』に対する批判が取り上げられている。「礼楽」という外面での修養を説く春台の人間論に対し、三者は、朱子学的な内面の欠如を指摘する。そして、「性善」という内面性の観点より、徂徠・春台が排した『孟子』が、この三者によって、再び関心の俎上に載せられ、朱子学的タームに立脚した人間論の復帰が唱えられるのである。かくして、第四章・第五章では、第一章から第三章で論じられた、徂徠の学・春台の学を批判する形で形成される反徂徠学言説を分析する訳である。

(5)第六章 朝鮮実学と徂徠学

第六章では、ここまでとは異なり、著者が序論において示した、徂徠学のインパクトを東アジアをも視野に入れ分析することを試みている。具体的には、朝鮮王朝期の実学者と評される丁若𨉷の『論語古今注』が取り上げられている。ここでは、理気論に始終する当該期の朝鮮儒学界にあって、丁若𨉷は、それらを排することで、「古言」を明らかにする必要性を痛感し、かかる関心より徂徠学における古文辞学の方法論に影響を受けたという点を、精緻な実証に基づき明らかにしている。しかしながら、著者は、人間論の面では、丁若𨉷と徂徠学とは大きな懸隔があるとする。決定的な両者の相違は、丁若𨉷が内面での修養、すなわち「内面的自律性」を認めているのに対し、徂徠学では「気質不変化説」に基づきそれが否定されている点にあるとする。加えて、かかる「内面的自律性」を認める丁若𨉷の人間論には、民衆との乖離性を克服し、責任主体育成を目指す必要性という、当該期朝鮮儒学界の問題が介在していたと、著者は論断するのである。

(6)結論

 これまでの議論を総括し、今後の展望及び、研究上の課題や可能性について言及し、本書を締めくくっている。

(※図が参照されているが、詳しくはレジュメを参照されたい)

私見

本書は、従来の一国史的叙述に立脚した思想史研究に対する批判から、東アジア、とりわけ本書では朝鮮半島を視野に入れた形で儒学思想史を描写している点で画期的な研究と言えるだろう。東アジアを視野に入れるとなると、中国・朝鮮半島からの受容史及び、そこから生じる「日本化」論や、単なる比較研究に陥りがちであるという印象を受けるが、本書は、そのような手法を取らない。本書は、徳川日本に成立した徂徠学における「事件」*2性に注目し、それによって生じた徂徠学内部・外部での言説の生産・再生産の過程に丁若𨉷を取り入れることで、むしろ徳川日本における徂徠学の朝鮮儒学界への影響という観点で議論を作っているのである。これ、東アジアを視野に入れた思想史研究を行う上で一つの指標となるような論点となると言えよう。
具体的な内容に関しては、丸山眞男以来、某大な研究蓄積を有する徂徠学研究において、従来、経世学における継承者と評される春台と、師徂徠の間の思想的相違を、古文辞学・人間論の二つの点から見出したことは、興味深い。また、徂徠学における古文辞学の提唱と、その対抗言説としての片山兼山に、考証学成立の内発的契機を見る点も興味深い。著者は、ここで「中国の考証学の影響ではない 」*3という点を強調する。徳川日本における考証学の成立が、清朝考証学の影響であるか否かは、なお検討の余地があると思われ、報告者がここでこの問題に関して立ち入って議論する用意はないのであるが、例えば、徂徠学の成立の背景の大きな流れとして、明風の流行があった点*4などを勘案すれば、清代の学知の流入が徂徠学隆盛の時代にあったとは言い難く、著者の議論も整合性を有するものとなろう。
 
一方で、徂徠学を専門外とする報告者が抱く素朴な疑問もここでいくつか挙げておこう。まず、太宰春台における人間論という論点である。著者は、春台が反徂徠学に対抗するため、あるいは徂徠学自体の欠陥を補完するために、「治人」より、むしろ「修己」に重きを置いた人間論を説いたと論じている。確かに、この論点は、徂徠と春台の間の思想的相違を見出し、且つ、それを反徂徠学との対抗関係における徂徠学の再構成と論じている点で、著者のオリジナリティーを遺憾なく発揮する画期的な論点であると言える。しかし、やや理論先行型の議論であるという印象を受けざるを得ない。具体的には、徂徠における経世学の継承者と評される春台が「修己」に重きを置くほどにまで、徂徠との乖離を生じていたのかという疑問である。すなわち、反徂徠学との対抗関係における徂徠学の再構成という極めて明快な論理に始終する余り、個別の思想を見誤っているのではないかと言いたいのである。報告者自身、徂徠や春台に関しては不勉強であるため、著者に対する実証的な反論はできないのであるが、今後検討の余地があるという点のみ指摘しておこう。
 
また、著者の朝鮮儒学に関する認識についても、いささかの疑問が残る。著者は、本書冒頭において、従来「韓国近・現代民族主義の内在的基盤」*5「近代の萌芽 」*6とみなされてきた丁若𨉷像の問題性について指摘しているにも関わらず、徂徠学と丁若𨉷における人間論の乖離の要因に「朝鮮朱子学が抱えていた民衆とも乖離性を克服し、責任主体育成をめざしていた 」*7丁若𨉷を見出しており、結局従来からある丁若𨉷像を補完する役割を果たしてしまっているという印象を受ける。加えて、この人間論の乖離に著者が見出すもの、日本儒学=「治人」重視、朝鮮儒学=「修己」重視という、従来からある二項対立的な通説に立脚してしまうことになるのではないだろうか。

最後に、本書のように、今後東アジアを視野に入れ、思想史研究を行う必要性は無論あると思われるが、一国史という「閉止域」*8を問題とするからといって、すぐさま東アジアへと視点を移動させるだけでは結局新たな「閉止域」を形成するだけとなり、問題の抜本的な解決とはなり得ないだろう。従って、当該期の「東アジア」に存在した思想の多様性をいかに描写するかが、報告者を含め、今後の思想史研究の課題となると思われる。かかる意味では、本書は今後の思想史研究の方向性を考えさせてくれる好著と言えるだろう。

(文責:松川雅信)

*1: 李基原『徂徠学と朝鮮儒―学春台から丁若𨉷まで』ぺりかん社2011。尚、本書は著者が2009年に京都大学教育学研究科に提出した博士論文「徂徠学の再構成と波紋―東アジア思想史への視野」をもとに、加筆・修正を加えたものである。

*2:子安宣邦『「事件」としての徂徠学』青土社1990

*3:本書180頁

*4:中野三敏「都市文化の欄熟」(深谷克己ほか『岩波講座 日本通史』第14巻近世4 岩波書店1995)

*5:本書11頁

*6:本書11頁

*7:本書271頁

*8:澤井啓一『〈記号〉としての儒学』光芒社2000