「四、略示摧邪方策」(p124)〜「略シテ弁ゼズ」(p126)まで

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※網掛けの部分は、不明の部分で、()内は本文にはないが付け加えたほうがよいと思った部分、【】内は言い換えが可能と思われる部分を指す。

1、現代語訳

 四に、「略示摧邪方策二。初牃彼計評破、二示護法要心」。「初牃彼計」とは上に総じて列挙している四類の中、最初の外国の二つの類は先に論じているように、今ここで論じ尽くすべきでない。別途尽力して学ぶべきである。これはこの当時の学問であるので、各々が興味・関心に沿って学ぶ時は、(学問を)達することが速いため、算術・推歩を好む人であれば、この項目は天文・暦術を心得ねばならない。むかし、普門律師が初めて梵暦天文を開かれた(こと)は、大きな功績である。(普門律師は)もともと、京の積善院に住んでいて、名は円通、無外子と号していた人で、(1)西洋の暦学が『天経或問』(の内容)を講ずるのを聞いて大いに驚き、発奮して思索を深くすること30年、水戸の不染居士【森尚謙】が『護法資治論』の初めに、「末世仏法ノ大難ハ、天文ヨリ起ラム」と言われていることを、(2)達見であると感じて、梵暦を唱えられた。しかし、初めに作りがたい道理で、追々その依拠することが変わり改めていることがあって、議論する者も多いが、初めてこの道【梵暦】を起こされているのは大いなる功績である。この頃、異国人の渡来が異なるので、これ【異国の説】を心得るのも一つの論を要す。彼方【西洋】より色々な書が渡来する最中、『談天1』18巻が、地動の新説を論じている。

 次にキリスト教のようなものは、今日までは国禁厳重であるが、謀はとても恐るべきことであるので、諸本山においても、各々用心させられている。とりわけ在家の教導を司るわが真宗であれば、かの邪教キリスト教】に侵されないよう、仏法を守護しなければならない。すなわち、王法2を重んずるのである。私も大法主の内命を受け、今を去ること8年前より心掛けているが、その頃は少しもキリスト教を弁じている書の類が世に出回られなかったが、この頃追々ひそかに流行する次第である。キリスト教の『旧約聖書』『新約聖書』が合わせて66巻(であり)、これは聖教と名付けるものである。やや学識が広いため、『初学編』『聖教類書』『天道溯原3』『天道鏡要』など、『聖書』の肝要を略して挙げているものなので、開いて見るべし。彼ら【宣教師】がただちに漢学を学び、漢文で(キリスト教を布教する書物を)作る。この頃は、日本の片仮名を学び、聖教の中の『路伽ノ伝4』などは、片仮名にて注釈をしているのを見る。その本を見れば、(3)やはり清朝の紙である。だから、彼ら【宣教師】がこの日本の仮名までも学べたと思われる。何れも驚くべきことだ。彼ら【宣教師】は、漢文・和字までも学び苦労したと思われる。また、(宣教師が著したのは)専らキリスト教を説明している書のみではない。万国の事を書き著しているものが数多くある。最近では、『万国綱鑑録』といえるものが20巻、また、アメリカのことを書いている『連邦志略』、また、五大州といえるものを略して著しているのが、『地球説略5』『地理全志6』などである。全てその中心とするものがキリスト教であるゆえに、各々その意義を出して讃嘆している。また医書も同じである。『全体新論7』などといえるもの、終わりに一段別にあり、専らキリスト教を述べる。『中外雑誌』『中外新報8』など、全てキリスト教を出している。【これらは】数百千摺り出す。よって、私に管見が及ぶだけは、キリスト教の要(である『聖書』)を示して、(キリスト教に批判的な人が)初学の人の為として、『闢邪集9』というのを二巻書いている。しかし、これまた作り始めがたい。行き届かないことがおろそかであることは、見る人が是を改めていただくべし。よってこの度は、外国の二類はこれを略して弁じない。

2、論点提示

(1)外暦ノ天経或問ヲ講ズルヲ聞テ

 →『天経或問』が普及していたため書かれることか10。

(2)達見ナリト感ジテ

→肯定的にとらえられているが、円通は森尚謙に対して批判的な部分もある。

 cf)『仏国暦象編 巻之一』二丁ウ

  近世水府ニ不染居士ナル者有。嘗テ後世仏ヲ疑フ者天文地理ヨリ始メ恐レ、護法資治論ヲ著シ、諜諜トシテ論弁ス。其志嘉スベシト雖モ亦深吾カ大教ニ慣ラサル。其説牽強シテ、概ネ私意ヲ出テ徒ニ岐路ヲ増シ、未タ以テ疑フニ足ラザル。

2−3、ヤハリ清朝ノ紙ナリ

清朝からの輸入物を指すはず。そうなると、清で日本向けの書物が書かれていたことになるが・・・。

2−4、書物の分類

 本文で出てきた書物のうち海外で出版されたのは以下である。

※図は省略。

 注釈も踏まえると、多くの書物がキリスト教を説いている。本文中に出てくるということは、この時期に日本列島に存在していたことが言えるだろう。そして、これらは竜温にとって好ましいものではなかったのは確実である。おそらく、それ相応に普及していたのではないか。

1 天文学入門書。中国に渡った英国人宣教師ワイリーが、同国の有名な天文学者ハーシェルの『天文学概論』(1851)に基づいて著わした書である。1859年刊。1861年に福田理軒が訓点を施して六冊本として刊行、わが国で流布した。(吉田忠「談天」『国史大事典』)

2 世間の支配者の法(『日本国語大辞典』)

3 入華プロテスタント宣教師のウィリアム=マーティンの著作。1854年に初版刊行。キリスト教証拠論を述べ、中国プロテスタント文書伝道史上の代表的著作となった。幕末期の来日宣教師は、本書を日本伝道用の布教書として有効に活用し、このため仏僧の破邪の対象となり、また神道学者により研究された。明治時代に入ると意訳本や訓点本が作成され、特に中村正直による訓点本は非常な普及を示し、明治キリスト教の発展に重要な役割を果たした。(吉田寅「天道溯原」『国史大事典』)

4 新約聖書第三書。四福音書の一つ。ルカ著。80年代に成立。ルカ伝(『日本国語大辞典』)

5 幕末の漢籍世界地理書。中国在住アメリカ人牧師リチャード=クォターマン=ウェイが1856年寧波で刊行したのが原著。地球円体説・地球輪転説・地球図説・大洲図説・大洋図説など総説の後にアジア・ヨーロッパ・アフリカ・オーストラリア・アメリカの順に各大洲別に総論と洲内各国誌を収める。キリスト教に触れるところを改め、箕作阮甫訓点を加えて翻刻し、1860年刊。ただ、佐田介石のように『鎚地球説略』(1862)刊で、須弥山中心の仏教派世界地理をかざして反論する者も出た。(石山洋「地球全略」『国史大事典』)

6 幕末の漢籍世界地理書。英国人中国伝道師ウイリアム=ミュアヘッド著。1853・54年に上海刊。1854年に禁書を解かれてすぐ日本に輸入され、岩瀬忠震翻刻し、1858・59年に刊行した。キリスト教関係記事を含み、『地球説略』『談天』と並んで仏教界から排斥もあった。(石山洋「地球全志」『国史大事典』)

7中国で出版された西洋解剖書。著者は英の宣教医ホブソン。1851年に上海で刊行。日本での翻刻は1857年。内容はほとんど人体の構造を解剖学的に記述したものであるが、下巻の最後の「霊魂妙用論」で「世主基督霊魂之医師也、新旧約聖書霊魂之方也」とキリスト教を説いている。(酒井シヅ「全体新論」『国史大事典』)

8 1854年に、米国人医師マクゴワンが、キリスト教普及のため寧波で発行した華字新聞。江戸幕府では中国情勢を知る必要から、洋書調所をして1858年から1861年までの応思理版から宗教記事を削除のうえ句読訓点を付して翻刻し、『(官板)中外新報』と題して発売した。第十二号までが確認されている。なお発売の年次は不詳だが、1862年ごろであろうとされている。(北根豊「中外新報」『国史大事典』)

9中国、明末の排耶書。編者鐘始声。天主教(キリスト教)の教理を断片的に採上げて論駁したもの。教理が紹介されているため、1685年の禁書の厳令により追加書目に加えられた。開国後のキリスト教再布教に対応して仏教側の排耶書研究と出版が高まり、浄土宗知恩院の杞憂道人は1861年に本書を『(翻刻)闢邪集』の上巻に収め出版して護法運動を展開した。(五野井隆史「闢邪集」『国史大事典』)

10 山田慶兒「中国の「洋学」と日本」『洋学史学会研究年報 洋学』6(洋学史学会、1997、1頁)。

文責:坂元宏之